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犬の点滴は静脈点滴より皮下点滴が主流

この記事の目次

点滴といえば、薬液の入ったパックを高いところに吊るし、そこから伸びた細く長い管の先につけられた点滴針を、肘の内側あたりに刺すタイプを想像しませんか?
これは静脈注射の一種であり、文字通り静脈に針を刺して薬液を少量ずつ入れる方法です。
もちろん、人間の医療だけではなく、動物医療においても静脈から薬液を点滴することがあります。

しかし、動物病院で実施される点滴にはもう一種類。
皮下点滴と呼ばれる輸液の投与方法があります。

皮下点滴は皮膚と筋肉の間に輸液を入れる点滴

皮下点滴とは、文字通り皮下――皮膚と筋肉の間にある空間に輸液を入れる点滴方法のことです。
「皮下輸液」、「皮下補液」と呼ばれることもありますが、これらはすべて皮下点滴のことなんですね。

皮膚と筋肉の間に輸液を入れて大丈夫なの!?と思われるかもしれませんが、大丈夫です。
なぜなら、犬の皮下には人間よりもずっと空間、というか隙間があるからなんですね。
試しに、犬の首から背中のあたりの皮膚をちょっとつまんでみてください。
ぴよーんと伸びませんか?
同じことを自分の首でもやってみてください。
伸びませんよね。
これこそが皮膚と筋肉の間にある空間の違いであり、この空間があるからこそ、犬には皮下点滴がしやすいのです。

皮下輸液は処置時間が短くてすむ点滴方法

皮下点滴の最大のメリットは、輸液を入れるための処置時間がきわめて短いことです。
静脈点滴だったら5時間以上はかかるであろう量の輸液を、わずか数分から10分程度で入れることができるんですね。

もちろん、本来は何時間もかかって入れるはずの量を、わずか数分程度で入れてしまうわけですから、その場で薬液が即座に体に吸収される、というわけではありません。
皮下に入れられた輸液が数時間という時間をかけて、ゆっくりと体に吸収されていくことになります。
つまり、皮下点滴とは皮下に点滴パックをしこんでいるような状態と考えれば、わかりやすいのではないでしょうか。

そのため、皮下点滴をした部分がラクダのこぶのようにぷっくりと膨らみます。
初めて目にした飼い主さんは、愛犬の見慣れない姿にギョっとしてしまうかもしれません。
長毛の犬の場合は見た目的にわかりにくいですが、短毛犬の場合はしぼみかけた水風船のようなふくらみが、背中のあたりに垂れ下がることになります。
おもしろがって膨らみをもんだりすると液が漏れだすこともありますので、皮下点滴を受けたワンちゃんはそっと安静にさせておきましょう。

皮下点滴の目的は体液の補給

静脈から入れたら数時間もかかる輸液の量が、数分の処置で入れられる?
であれば、すべての点滴を皮下から行えばいいのでは――?
と思われるかもしれませんが、残念ながらそこまで都合よくはいきません。

皮下点滴で使用できる輸液は、あくまでも皮下で吸収できるものに限られています。
たとえば、静脈点滴であれば抗生物質や痙攣をおさえる薬、吐き気を止める薬、血管を拡張する薬といったように、症状に合わせて様々な薬を入れることが可能。
しかし、皮下点滴ではそうはいきません。
なぜなら薬剤の入った輸液を皮下点滴してしまうとひどく痛んだり、発赤(皮膚が赤くなること)がみられたり、副作用が起きる可能性があるからです。

以上の理由から、皮下点滴で体に入れられるのは、あくまでも皮下に入れても体の負担になりにくい水分や電解質のみ。
つまり、皮下点滴をする主目的は、体液の補給なんですね。

皮下点滴が有効な症状とは

積極的に薬剤が入れられないのに、皮下点滴なんてする意味があるの?と思われるかもしれません。
しかし、なんらかの理由によって脱水が起きている、もしくは脱水を起こしやすい状況にあるとき、皮下輸液による体液の補給はとても有効です。

  • なんらかの原因によって嘔吐や下痢を繰り返している。
  • 慢性の腎疾患により脱水を起こしやすい状態にある。

特に慢性の腎疾患では、日常的な脱水のケアは命をつなぐうえでも必須。
放置すれば尿毒症を引き起こし、重篤な状態に陥る可能性が高くなるからです。

皮下点滴が向かない症状とは

皮下点滴は静脈点滴に比べると、輸液が体に吸収されるまでにはかなりの時間がかかることになります。
つまり、脱水の状態が重度であり、緊急性がある場合には向きません。
すぐに水分を補給しなければ命にかかわる場合や、薬剤や高カロリーの栄養を入れる必要がある場合には、静脈から点滴をすることになります。
また、血圧が低下している場合も皮下点滴は選択されません。

いずれにしろ、静脈から点滴をする際には、何時間もじっとしている必要があります。
そのため、静脈点滴をする場合は犬を入院させる必要がありますし、針を刺した部分をいじらせないように、必要に応じて首にエリザベスカラーを装着することになるでしょう。

皮下点滴で体に違和感を覚えるかは、犬によって差があります

皮下点滴によってラクダのようなコブができるわけですが、基本的に痛みはありません。
しかし、輸液のコブは重力の作用で垂れ下がってしまうため、皮下にゆとりがあまりない犬や、若くて皮膚がパンと張っているような犬の場合は、皮膚が引っ張られる感覚を気にすることも。

また、垂れ下がった輸液の影響でお腹が腫れているように見えたり、片方の足だけが倍ぐらいの太さになってしまうことも珍しいことではありません。
前足の片方だけがやたらと太くなった姿はなんとも異様なものですが、いずれにしても時間とともに輸液が体に吸収されていけば元の状態に戻ります。
過剰に心配する必要はありません。
あまりにも気になる場合は、蒸しタオルなどをあてて軽くマッサージをすると多少マシになることもありますが、やりすぎれば液漏れを起こしたり、炎症の原因になることも。
とにかく数時間たてば体に吸収していくと考えて、余計なことはせずに犬を安静にさせた状態で見守ることが一番です。

老犬の飼い主は皮下点滴について知っておく必要あり

皮下点滴なんて、うちの子には必要ない――。
若い犬の飼い主さんにしてみれば、どこか他人事に思えるかもしれません。

しかし、どんなに元気な犬も、いつかは必ずシニア世代に突入します。
そして元気に見えていたシニア犬が、ある日突然腎不全や肝機能障害といった病気で体調を大きく崩し、皮下点滴が必要になる事態は決して珍しくないのです。