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角膜に穴があいて眼球内の水分が漏れ出した!

この記事の目次

腎不全とともに角膜潰瘍を患っている我が家のミックス犬。

15歳という高齢なこともあり、完全回復させることは難しいと承知はしていたものの、それでもなんとか失明だけは避けたいと毎日目薬を点眼しまくっていました。

しかし、残念ながら角膜の深いところまで穴があいていた左目は早々に失明。そしてギリギリがんばっていた右目もいよいよ失明。

それでも、もしかしたらという思いで日々治療を続けていたのですが・・・。ある日、左目からビショビショと水が漏れ出し、眼球一気にしぼんでしまいました。

いよいよ、薄皮一枚で保っていた角膜に穴が開いてしまったのです。

左目の眼球はしぼんでしまったものの、痛みはなさそうなので一安心

それは突然の出来事でした。

ふと見ると、ミックス犬の左目の下がビショビショに濡れているではありませんか。そして、閉じているまぶたがベッコリと陥没していたのです。

まさしく、眼球を摘出したらこんな状態になるのではないか、という見た目にすっかり動揺し、大急ぎで動物病院へと駆け込みました。

獣医師の先生から早晩こうなるであろうことは伝えられていましたが、いざ目の当たりにすると、とてもではありませんが冷静ではいられません。何よりミックス犬が激痛に苦しんでいるとしたら、なんとかしてやらねばと思ったのです。

しかし、幸か不幸かあまり痛みは感じていないようでした。

それでも一応左目に麻酔的な目薬を点眼してもらい、その日は帰宅。そして、感染症を防ぐために抗生剤入りの目薬をこまめに点眼し続けたのです。

ここから私にできることは、感染症で余計な痛みを与えることがないように、清潔に保つことだけだと考えました。

左目をつぶったままのミックス犬はあまりにも痛々しく、見るからに可哀想でなりませんでしたが、見た目の問題はこの際些末なことです。 とにかく、一刻も早く左目の状態を安定させなければと考えました。

眼球がしぼんだり、ふくらんだり

ところが翌朝。なんと、ミックス犬の左目が復活しているではありませんか!昨日のことがまるでウソだったかのように、そこには確かに眼球が復活していたのです。

もちろん、角膜ど真ん中の穴は相変わらずあいたままですが、ミックス犬は普通に目をあけていました。もしかして、昨日のことは何か悪い夢だったのだろうか。それとも、何かを見間違えたのだろうか。

もしかしたら、このまま穴もふさがって元に戻る日がくるのではないだろうか。そんな淡い期待を抱いてしまった数日後、またしても眼球からブシャーっと水が漏れ出したのです。

そして、またしても眼球は消え、ミックス犬は左目を閉じたままの状態になりました。ところが、翌日にはまた眼球が復活しているではないですか・・・。

どうやら眼球内の房水が漏れ出しては貯まり、漏れ出しては貯まりを繰り返しているようなんですね。しかし、本当にわずかずつではありますが、やはり眼球は小さくなっているように見えます。

こういう萎んだり膨らんだりを繰り返しながら、やがては眼球が委縮して目が開かなくなるのでしょう。このあたりは個体差があり、もっと早くに委縮するケースも少なくないそうですが、我が家のミックス犬の目はなんだか必死に復活しようともがいているようです。

このまま元に戻ってくれたらと、つい期待してしまうのですが、それは無理だと獣医師からはっきり告げられました。さすがに私も覚悟はできています。

今はもう、眼球の構造の不思議さに驚くばかりといったところでしょうか。

見えていそうでいて、やはり見えていないと実感

そんなミックス犬の右目もまた、ここ最近残念ながら失明してしまいました。

こちらは左目のように角膜のど真ん中に大きな穴があいたわけではありませんが、右目の角膜全体に細かな穴があき、レース状になった後に白く濁ったという感じでしょうか。なんとか両目の失明は避けたいと頑張りましたが、力及ばず両眼とも視力を失ってしまいました。

しかし、家の中での様子を見る限りは、今もまだ見えているようにしか見えないんですね。もともと犬は人間ほど視力には頼らない生き物です。ひょっとしたら、見えていないようでいて少し見えていて、それで生活するには充分なのではないかと思っていました。

しかし、つい先日外に連れ出したときのこと。

ちょっとした段差につまずいたり壁にぶつかってしまう様子を目の当たりにし、この子は本当に失明したのだと実感させられました。つまり、今後私が飼い主としてしなければいけないことは、両目が感染症を起こさないように気を付けることに加え、どこかにぶつかってしまうことで余計なダメージを与えないように配慮することなんですよね。

愛犬の失明は飼い主としてショックなことではありますが、嘆いている暇があったら家の中を片付けたり安全に気を配ることに力を注いだほうが、ずっと建設的だと気づかされる毎日です。