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犬の犬歯を切断するのは人間が楽をするためではない

この記事の目次

どんなに頑張ってシツケをしても、咬み癖が治らない犬はいます。

飼い主が咬み癖を直そうとする努力を早々に放棄してしまったケースは論外ですが、たとえば保護した犬の場合。
今後のことを考えて人との信頼関係を作り直そうにも、犬がやたらめったら咬みつこうとしてくるようでは、人間側の努力はなかなか実ることがないでしょう。
また、これまでは咬みつく癖などなかったのに、認知症などが原因で突然咬みつくようになることもあります。
さらには遺伝的な要因によって何の前触れもなく、咬みつき行動に出る犬も。
いずれにしろ、犬が咬みつくという行為は、人間と犬との信頼関係を築くうえで、かなりの障害になることは間違いありません。

なんとか頑張って犬の咬みつき癖を直そうと努力し、それでもどうしようもなかったとしたら・・・。
犬歯を切断するという選択を視野に入れてもいいのではないでしょうか。

犬歯は最もケガにつながる歯

犬歯とは、門歯(前歯)と臼歯(奥歯)の間にある歯のことで、雑食を含めた肉食動物の「キバ(牙)」のことをさします。
獲物を捕らえる際はその体にキバを突き立てることで有効な傷を与え、さらには食いちぎるために使われる歯のことですね。

つまり、犬に咬みつかれたことでケガをした場合、そのほとんどはキバによってつけられた傷であることが多いのです。
もちろん、奥歯や前歯で噛まれてもケガをすることはありますが、その傷の深さはキバが刺さったときに比べると、軽傷で済むことが多いのではないでしょうか。

犬の犬歯切断は最終手段であるべき

犬歯を切断することは、犬にとっての武器を一つ取り上げるようなもの。
すなわち、たとえ犬が咬みついたとしても、咬まれた側のダメージを最小限にとどめるための方法です。

だったら、すべての犬が犬歯を切断してしまえばいい!
そんな乱暴な意見を聞いたことがありますが、これは正しいシツケを放棄している発言だと言わざるを得ません。
なぜなら、きちんとシツケやトレーニングをすることにより、一般的な家庭犬をむやみに咬まない犬に育てることは可能だからです。

だからこそ、犬歯切断はそういった努力を最大限にした結果、それでもどうにもならないときの最終手段であるべき。
そこをきちんと理解しない人に、犬歯切断という選択をする権利はありません。

昔の犬歯切断と現在の犬歯切断

その昔は、犬歯をまるごと抜いてしまうという方法がとられた時代もありました。
しかし、この方法にはデメリットがあります。

まず第一に、歯を抜く行為が原因となってアゴの力そのものが弱くなってしまうこと。
さらには犬歯が抜けたせいで両側の歯が傾いてしまい、結果として他の歯にまで悪影響を及ぼしてしまうことです。
さらには感染症のリスクが高まるだけではなく、抜歯の費用そのものも高額になりやすいこともデメリットとしてあげられるのではないでしょうか。

コレに対して、現在においては犬歯を切断するといえば、犬歯の高さを隣の歯と同じ高さまで削ることを指すことがほとんどです。
この方法は犬の体に負担をかけにくいだけではなく、費用面をおさえることも可能になりました。

現代の犬歯切断とは

現在行われている犬歯切断は、そのほとんどが「生活歯髄切断術」と呼ばれる方法によるものです。
要するに、歯の中に通っている歯髄(歯の神経と血管)の上部を切り取るだけで、根元からは抜かない方法が選択されているんですね。

もちろん、歯髄をむき出しにしなければできない施術のため、全身麻酔をかけて実施することになります。
そして、隣の歯と同じ高さまで犬歯を削ったあとは、歯髄から感染症を起こさないように、きちんと歯の切断面を充填剤で塞がなければなりません。
さらには充填した部分をなめらかに研磨して、日常生活に支障が起きないように仕上げているんですね。

つまり、犬歯を削るといってもヤスリでギコギコやるわけではないのです。
当然のことながら、雑な処置をすれば犬の歯は痛み続けることになりますから、きちんと動物病院で処置してもらうのは大前提。
そこを怠って雑な仕事をしてしまえば、咬み癖が治るどころか、さらに狂暴化するおそれもあるのです。

犬歯を切断しても咬まれれば痛い

犬歯を削ったからといって、咬まれても痛くなくなるわけではありません。
とは言え、傷の程度はかなり軽減できるはずです。

私たち人間が誰かに噛みついたとき、出血させるほどの傷を負わせるのはなかなか難しいにしても、歯型がぎっちりとつくぐらいの力で噛みつかれたら、ものすごく痛いですよね。
まさしく、犬歯を切断した犬に咬まれた場合は、そんな感じになるのです。
当然のことながら、小型犬と大型犬とではその痛みに差が出ることに。

このあたりのことはきちんと理解しておかないと、せっかく犬歯を削ってもらったのに咬まれたら痛かった!と恨みごとを言いたくなるかもしれません。

犬の犬歯を切断することで生じる本当の意味でのデメリット

人間社会の中で暮らしている犬にとって、犬歯は尖っていなくてもそれほど困ることはありません。
なぜなら自力で獲物を捕らえる必要がないからです。

しかし、犬の犬歯を切断することにはデメリットが存在しています。
それは、犬の側の問題ではありません。
飼い犬の犬歯を削ることで生じる最大のデメリットは、飼い主がきちんとしたシツケをしなくなる可能性が高くなる、という点ではないでしょうか。
すなわち、咬まれても大きなケガをしなくなるという安心感から、なぜ犬が咬もうとするのかの原因を究明することも、その対策をたてることにも力を入れなくなってしまうのです。

根本的な原因が解決されない限り、犬歯を削ったところで犬の咬み癖が消えるわけではありません。
愛犬ときちんと向き合うことを放棄し、安易に犬歯を削るのだとしたら、その飼い主が犬との関係を正しく築きなおすことはまず不可能でしょう。

犬の犬歯切断を肯定的に捉えたい事例

最後に、筆者が知る犬歯切断の事例として、最も成功しているのではないかと思えた事例をご紹介します。
アイリッシュセターの保護に尽力しているある男性は、全国から保護したアイリッシュセター11匹すべてに犬歯の切断と去勢・避妊を実施しています。

アイリッシュセターは猟犬らしい強靭な肉体を持ち、さらには精神的な満足感をも求める知能の高い大型犬。
ところが見た目の美しさから、そういった性質を正しく理解しないまま飼ってしまう飼い主が後を絶ちません。
当然のことながら、安易な気持ちでアイリッシュセターを飼った飼い主は、犬との正しい関係を築くことができず、やがてはそのパワーを持て余すことに。
その結果、放棄されたアリシッシュセターはシャレにならないほどの咬み癖がついている個体が多くみられ、結果として保護した後も大変苦労することになるのです。
だからこそ、件の男性は保護したアイリッシュセターのすべてに犬歯の切断を実施し、その代わりに彼が所有する山林に建てた一軒家で、のびのびした生活を送らせているんですね。

では、山の中の一軒家で暮らしているにも関わらず、なぜ彼はすべての犬の犬歯を削ったのでしょうか。
それは、どんなに努力しても犬に咬まれることは起こりうることであり、万が一自分が大怪我を負ってしまった場合、犬達の世話をすることができなくなるからです。

筆者は何度もその家を訪れたことがありますが、アイリッシュセターの群れはかつて咬み癖があったとは到底思えないほど、どの子もみんなのびのびと穏やかに暮らしていました。
犬の犬歯切断とは、このように犬が幸せな生活を送るために選択するものであって、飼い主が楽をするための手段ではないことを改めて実感させられたのです。